「音楽家の伝記 はじめに読む1冊 バッハ」/ひのまどか著 音楽の父、そして家族を養う父としての姿
今回は本の紹介です。
ヤマハミュージックメディアから出版されている、
「音楽家の伝記 はじめに読む1冊 バッハ」/ひのまどか著
です。
【音楽家の伝記 はじめに読む1冊】シリーズとなっていまして、他の音楽家の本も出ています。
コンセプトは『10歳から読めて、大人にも本物の感動を。』
バッハの音楽は好きなのですが、正直なところバッハ関連の書籍は読んだことがなく、CDの解説書等を読んで、何となーく知っている様な感じでした。
そんな私にも読みやすそうだなというのと、表紙に惹かれて読んでみた次第です。
あとこの本の特徴として、お話の中で出てきた曲を聴く事ができるQRコードが付いています。読み進めながらどんな曲か聴いてみるのも良いでしょう。
感想
まず、児童書と侮ることなかれ!!大人が読んでも納得の内容でした。
むしろ、働いている世のお父さん方にお勧めです!!
パワハラやモラハラに耐え、家族を養うために奮闘する姿・・・、妻や、子供にかける愛情。
そして仕事である音楽にかける情熱。
これはビジネス書の棚にあってもおかしくない(笑)
ライプツィヒ
この本ではバッハが38歳ごろからなくなる65歳で亡くなるまで過ごしたドイツの都市「ライプツィヒ」での出来事を中心に描かれています。
ケーテンでの宮廷楽長を辞めることになってしまったバッハは転職。
ライプツィヒで「トマス・カントル」という職に就き、作曲や教育に精力的に取り組んでいきます。
トマス・カントルという職はトマス教会で演奏される音楽の全責任を負い、付属の学校の教育なども行い、同時に他の4つの教会の音楽も監督しており、「ライプツィヒ市音楽監督」という肩書もあったとの事。
現在でも続いている伝統ある職のようです。
中間管理職?
トマス・カントルは教会・学校・市という3か所に上司がおり、いわゆる中間管理職的な位置付けです。
バッハも自分の意見が通らず不当な扱いを受けたり、正当な報酬が支払われなかったりしたようです。
読んでいてバッハにとても共感してしまいました。
それでもバッハが凄いのは、決してそんな扱いには屈せず、頑固に戦い続けた事です。その姿勢には自分も勇気づけられます。
この本、ホントに児童書なのかなぁ(笑)
夫、父としてのバッハ
バッハは 、妻であるアンナ・マグダレーナの夫であり、死別した前妻マリアとの間にできた子も含め、沢山の子供たちの父でありました。
本の中ではお互いを想い合うとても良い夫婦に思いますし、子供たちにも愛情深く接しています。
何よりバッハはアンナのための曲、子供たちの練習曲など、沢山の曲を書いています。
例えば「フランス組曲」はアンナとの結婚のときにプレゼントされたとも言われていますし、「インベンションとシンフォニア」は息子達や、弟子の為の練習曲として作られたようです。
なにより、自分の父がバッハで、音楽を教えてもらえるなんて羨ましい限り(笑)
(まぁ、プレッシャーは相当なものだと思いますけど・・・)
バッハの死
晩年は過去の作品の手直し等も精力的に行い、音楽と向き合い続けたバッハ。
目を悪くして手術を受けるも失敗、失明してしまいます。
そんななか、口述で書き取らせたと言われているのがこの曲「いまぞわれ、神の御前にすすむ」BWV668。
これがもしかしたらバッハ最後の曲だったかもしれません。
そしてバッハの音楽の集大成ともいえる「フーガの技法」にも着手していましたが、最後のフーガが未完のまま亡くなってしまいました。
失明せずに完成していたらどんな曲になっていたんでしょうか。
バッハの死後 、残されたアンナ・マグダレーナ達家族は生活が苦しくなった為、残された楽譜などを売らなければいけなかったようです。
ただ、最後まで「マタイ受難曲」の楽譜だけは手元に残していたようです。
バッハの子供達
バッハの息子たちのなかで、
長男「フリーデマン」
次男「エマヌエル」
七男「クリストフ・フリードリッヒ」
末っ子「ヨハン・クリスティアン」
などは音楽的才能があったようです。
特に”ベルリンのバッハ”と呼ばれるカール・フィリップ・エマヌエルと”ロンドンのバッハ”と呼ばれたヨハン・クリスティアンは音楽家として成功したようですね。
彼らの息子(バッハの孫)には音楽家として成功した者がいなかったようですが、
エマヌエルやヨハン・クリスティアンは「モーツァルト」や「ベートーベン」、「ハイドン」らに多大な影響を与えたと言われています。
しかしながら、世間一般ではバッハの名は徐々に忘れさられていきます・・・。
そしてバッハの復活
当時忘れ去られていたバッハを復活させたのは、メンデルスゾーンです。
メンデルスゾーンの師であるツェルターという人物がバッハの孫弟子であり、メンデルスゾーンはバッハの音楽を受け継いでいたのです。
この本の冒頭でゲヴァントハウス・オーケストラの指揮者として任命されたメンデルスゾーンがライプツィヒにやってくる所から始まります。
しかし、このバッハが拠点にしていたライプツィヒでもすでにバッハが忘れ去られていることにメンデルスゾーンは憤慨します。
街中から情報を集め、バッハ復興の活動をしていく事になります。
メンデルスゾーンがいなければ今日の”音楽の父”バッハはいなかったかもしれません。
本当にありがとうございます!と言いたい。
1829年、メンデルスゾーン(20歳)はマタイ受難曲の復活公演を行い成功させます。
生でこれを聴いたら一生忘れることはないでしょうね。
メンデルスゾーンは14歳の時のクリスマスプレゼントにマタイ受難曲の写譜をもらっているというのも何かの偶然なのか。
そしてアンナ・マグダレーナが最後まで手放さなかったマタイ受難曲というのも感慨深い。
まとめ
というわけで、バッハを知るための入門書としてはもちろん、働くお父さん達にもおすすめの1冊。
あと、楽器を演奏する人、作曲をする人、音楽に好きな人、はたまた何かモノづくりをする人達にも読んでいただきたい。
バッハの音楽に向き合う姿に姿勢を正される思いです。
私はまだバッハの1000分の1も、ちゃんと生きていないなぁ。